【「耳寄りのお話」ー「アジアの指導者の証言」】のページ


★東南アジアの指導者たちの発言をご紹介いたします。

■【マハティール・ビン・モハマド】マレーシア第4代首相
息子や娘を 日本の大学に留学させたり日本に関する著書を出したり、あるいは政治の舞台から離れた現在では日本人と共同で ベーカリーを経営するなど熱烈な親日家である。

『日本は、いつまでアメリカの言いなりになり続けるのか。なぜ欧米の価値観に振り回され、古きよき心と習慣を捨ててしまうのか。 一体、いつまで謝罪外交を続けるのか。そして、若者は何を目指せばいいのか。
日本人には、先人の勤勉な血が流れている。自信を取り戻し、 アジアのため世界のためにリーダーシップを発揮してほしい』


『日本の戦争責任を問うならば、それより以前、非人間的な支配と収奪をつづけた欧米の宗主国の責任はどうなるのか。 日本が来たことで植民地支配から解放され近代化がもたらされた。』

【アブドル・ハリス・ナシオン】(インドネシア・元国防軍参謀総長)
【ズルキフリ・ルピス】(インドネシア・元陸軍大佐)
【ククリット・プラモード】(タイ元首相)
【モハメッド・ナチール】(インドネシア元首相)
【ラジャー・ダト・ノンチック】(元マレーシア上院議員)

『日本軍がもたらした『大和魂』のような考え方をもつことは、独立のためにどうしても
必要でした。日本軍政下の訓練の結果、日本が降伏した後、英国人が戻ってきて
植民地時代よりも悪質な独裁的制度を マレーシアに課そうとしたとき、人々は立ち
上がったのです。』

○このラジャー・ダト・ノンチック氏の「日本人よ、ありがとう」は稿を改めて掲載します。

【バー・モウ】(ビルマ元首相)
『真実のビルマの独立宣言は1948年の1月4日ではなく、1943年8月1日に行われた
のであって、真のビルマ解放者はアトリー率いる労働党政府ではなく、東条大将と
大日本帝国政府であった。』

『この勝利(日露戦争)がアジア人の意識の底流に与えた影響は決して消えることは
なかった。それはすべての虐げられた 民衆に新しい夢を与える歴史的な夜明けだっ
たのである。ビルマ人は英国の統治下に入って初めてアジアの一国民の偉大さ につ
いて聞いたのである。それはわれわれに新しい誇りを与えてくれた。歴史的にみれば、
日本の勝利は、アジアの目覚めの発端、 またはその発端の出発点とも呼べるもので
あった。』

【ジャマル・アリ】(インドネシア・タイムス会長)
『ばかばかしい。針小棒大である。一人の兵隊に一人の慰安婦がいたというのか。
どうしてインドネシア のよいところを映さない。こんな番組、両国の友好に何の役に
も立たない。 我々には、日本罵倒体質の韓国や中国と違って歴史とプライドがある。
「お金をくれ」などとは、360年間、わが国を支配したオランダにだって要求しない。』

(日本のテレビ製作会社のドキュメンタリー「IANFU(慰安婦) インドネシアの場合に
は」に対するコメント)

【パンデイット夫人】(インド・元国連総会議長)
『日本を貶めようとする内外の歴史家や自虐史観に立つ人たちは、これまで太平洋
戦争がもたらした アジアの民族主義への影響をことさら無視し続け、あるいは過小
評価してきました。』

【ウー・ヌー】(ビルマ元外相、1943年8月1日独立時の演説)
『歴史は、高い理想主義と、目的の高潔さに動かされたある国が、抑圧された民衆の
解放と福祉のためにのみ生命と財産を犠牲にした例をひとつくらい見るべきだ。
そして日本は人類の歴史上、初めて この歴史的役割を果たすべく運命づけられてい
るかに見える。』

【ヤダフ】(インド国民軍大尉)
『インドが日本のお陰を蒙っていることは、言語に尽くせない大きなものがあります。
偉大な貴国はインドを解放するにあたって、可能な限りの軍事援助を提供しました。
何十万人にものぼる日本軍将兵が、 インド国民軍の戦友として共に血と汗と涙を流
してくれました。インド国民軍は日本帝国陸軍がインドの大義のために払った崇高な
犠牲を、永久に忘れません。インドの独立は日本陸軍によってもたらされました。
ここに日印両国のきずながいっそう強められることを祈念します。』

【トモ】(インドネシア元情報相)
『日本軍が米・蘭・仏を我々の面前で徹底的に打ちのめしてくれた。我々は白人の弱体
と醜態ぶりをみてアジア人全部が自信をもち、独立は近いと知った。一度持った自信
は決して崩壊しない。そもそも 大東亜戦争は我々の戦争であり、我々がやらねばなら
なかった。そして実は我々の力でやりたかった。』

【アジス】(マレーシア・マラヤ大学副学長)
『私たちは、マレー半島を進撃してゆく日本軍に歓呼の声を上げました。敗れて逃げて
ゆくイギリス軍を見たときに、今まで感じたことのない興奮を覚えました。日本軍は永い
間アジア各国を植民地として 支配していた西欧の勢力を追い払い、とても白人には勝
てないとあきらめていたアジアの民族に、驚異の感動と自信を与えてくれました。』

【モハマド】(マレーシア外務省情報センター所長)
『これまで独立なんて考えたこともなかったので、徐々に植民地にされたのですが、日本
の軍政下で反植民地主義に目覚めたのでした。民族意識は若者に影響を与え、彼らは
もはや怠けてはいませんでした。 皆、立ち上がったのです。これまでになかった大変貴
重な3年と8ヶ月の経験でした。』

【シャフィー】(元マレーシア外務大臣)
『とくに私が惜しいと思うのは、日本くらいアジアのために尽くした国はないのに、それを
日本の政治家が否定することだ、責任感をもった政治家だったら、次のように言うだろ
う。「その頃、アジア諸国はほとんど 欧米の植民地になっていて、独立国はないに等し
かった。日本軍は、その欧米の勢力を追い払ったのだ。それに対して、ゲリラやテロで
歯向かってきたら、治安を守るために弾圧するのは当然でないか。諸君らは何十年何
百年にわたって彼らからどんなひどい仕打ちを受けたか忘れ たのか?日本軍が進撃
した時にはあんなに歓呼して迎えながら、負けたら自分のことは棚に上げて責任をすべ
て日本にかぶせてしまう。 そのアジア人のことなかれ主義が、欧米の植民地から脱却
できなかった原因ではないか。」と。』

【アラムシャ】(インドネシア陸軍中将)
『日本の戦争目的は植民地主義の打倒であった。その目的の大半は達成したが、南ア
フリカ、アジアにまだ残っている。 そんな時に行った村山演説は、植民地主義打倒の
悲願を放棄したことになる。村山さんは日本の果たしてきた歴史を踏まえ、アジア・アフ
リカの悲願 を代表して、まだ残る植民地主義を攻撃すべきであった。かつての日本は、
スカルノ、ハッタ、バー・モウ、ラウレル・アキノ、汪兆銘、チャンドラ・ ボース等を応援し
たのに、たった一度の敗戦で大切な目的を忘れてしまったのは遺憾である。』

【ククリット・プラモード】(タイ元首相)
『日本のお陰でアジアの諸国はすべて独立した。日本というお母さんは難産して母体を
そこなったが生まれた子供はすくすくと育っている。今日、東南アジア諸国民がアメリカ
やイギリスと対等に話ができる のは一体誰のお陰であるのか。それは『身を殺して仁を
なした』日本というお母さんがあった為である。12月8日は我々に、 この重大な思想を示
してくれたお母さんが一身を賭して重大決意された日である。更に8月15日は我々の大
切なお母さ んが病の床に伏した日である。我々はこの2つの日を忘れてはならない。』

【ネール】(インド首相)
『アジアの一国である日本の(日露戦争の)勝利は、アジアの総ての国々に大きな影響
を与えた。 ヨーロッパの一大強国が破れたとすれば、アジアは昔たびたびそうであった
ように、今でもヨーロッパを打ち破ることができるはずだ。 ナショナリズムは急速に東方
諸国に広がり『アジア人のアジア』の叫びが起きた。日本の勝利は、アジアにとって偉大
な救いであった。』

・・・(完・随時追加いたします)・・・