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会津藩の藩校・日新舘の「什の掟」
会津藩士の子供は、10才になると「日新館」への入学が義務づけられますが、 その以前、6才頃から子供達には藩士としての心得が繰り返し教え込まれました。それが有名な「什の掟」です。いうまでもなく、会津精神の根本でした。
一、年長者の言うことに背いてはなりませぬ

二、年長者には御辞儀をしなければなりませぬ

三、虚言をいふ事はなりませぬ

四、卑怯な振舞をしてはなりませぬ

五、弱い者をいぢめてはなりませぬ

六、戸外で物を食べてはなりませぬ

七、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ

ならぬことはならぬものです


日新館は、江戸時代の全国300諸藩の中でも最大規模といわれる 藩の教育機関でした。享和3年(1803)に鶴が城の西隣に完成しました。以来、慶応4年に戊辰戦争で焼失するまでの間、会津藩士の子供は、 10才になると入学が義務づけられ、数々の知識人を生んでいます。また、幕末期には、藩の軍制がそれまでの長沼流から西洋式に改められたこ とに伴い、この藩校を通常16才で卒業した子供達は、若年兵組織である白虎隊に入隊することが定められました。8000坪といわれる敷地 に武道場や1500坪の校舎、天文台や日本初のプールと言われる水練水馬池まで備えられた「日新館」は、そのまま道徳感の徹底と高い 知識水準を求めた会津の気質そのものだったと言えましょう。