【二宮金次郎とその教え】


○平成20年6月22日(土)10:30〜12:00 第1回偉人伝講座「二宮金次郎とその教え」
会場:富士河口湖町生涯学習センター
子ども児童館・視聴覚室
参加:小学生2〜6年生
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「二宮金次郎」について勉強しました!
★二宮金次郎は天明7年(1787)9月4日栢山村(神奈川県小田原市)の裕福な農家に生ま れました。父・利右衛門35歳、母よし21歳でした。
★利衛門はお人好しで、困った人にはすぐにお金を貸したり、恵んだりしました。
★寛政3年(1791)8月大暴風雨で酒匂川が決壊し、 多くの田畑も家も流されました。その復旧工事に、12歳の金次郎は病弱の父に替わって出たのでした。金次郎は未だ少年で、大人と同じ 働きができないので、夜わらじを編んで皆に配って喜ばれました。
★金次郎は、ある日松の苗木を売れ残ったという苗木を求めて、酒匂川の堤防に植えたのでした。この松は今も酒匂川の堤防脇に松並木として 残っています。金次郎はこのような地域全体のためをいつも考えていたのでした。
★金次郎は13歳で父を、15歳で母を亡くしました。兄弟は友吉(12歳)富次郎(2歳)は母方の実家に、自分は伯父さんの万兵衛さん引き取られた のでした。金次郎は懸命に働いて、兄弟が一緒に住めるよう頑張ろうと思いました。
★夜行灯の灯かりで勉強していると、伯父の万兵衛さんから「百姓に勉強はいらない。菜種油がもったいないから寝ろ」と言われたのでした。しかし 金次郎のすばらしいところは、近くの荒地に菜種を播き、8升の菜種を収穫して油に換え、勉学を続けたのでした。
★金次郎は捨て苗を拾って、近所の荒地に植えて、見事1表の米を収穫しました。この捨て苗を植えた場所が今も残っています。金次郎は、この体験から「積小為大」 ということを学んだと言います。
★配布資料(報徳訓)
父母(ふぼ)の根元(こんげん)は天地(てんち)の令(れい)(めい)に在(あ)
身体(しんたい)の根元(こんげん)は父母(ふぼ)の生育(せいいく)に在(あ)
子孫(しそん)の相続(そうぞく)は夫婦(ふうふ)の丹精(たんせい)に在(あ)
父母(ふぼ)の富貴(ふうき)は祖先(そせん)の勤(きん)(こう)に在(あ)
(わが)(み)の富貴(ふうき)は父母(ふぼ)の積善(せきぜん)に在(あ)
子孫(しそん)の富貴(ふうき)は自己(じこ)の勤労(きんろう)に在(あ)
身命(しんめい)の長養(ちょうよう)は衣食住(いしょくじゅう)の三つに在(あ)
衣食住(いしょくじゅう)の三つは田畑(でんばた)山林(さんりん)に在(あ)
田畑(でんばた)山林(さんりん)は人民(じんみん)の勤(きん)(こう)に在(あ)
今年(こんねん)の衣食(いしょく)は昨年(さくねん)の産業(さんぎょう)に在(あ)り
来年(らいねん)の衣食(いしょく)は今年(ことし)の艱難(かんなん)に在(あ)り
年年(ねんねん)歳歳(さいさい)報徳(ほうとく)を忘(わす)るべからず