【「岩倉使節団」−「海外への留学事情」】のページ


○幕府のみならず、見識ある雄藩も有為の青年を欧米に留学させている。彼らが帰朝後、明治という時代を創った。

西暦 和暦 留学先 派遣 人員 主な留学生
1860 万延元年 アメリカ 幕府

 
1862 文久二年 オランダ留学 幕府

15

榎本武揚・林研海・内田恒次郎・斉藤万次郎
1863 文久三年 イギリス留学 長州藩

伊藤博文・井上馨・山尾庸三・野村弥吉・遠藤謹助
1865 元治二年 イギリス留学生 薩摩藩

 15

森有礼・寺島宗則
1865 慶応元年 ロシア留学生 幕府 

 7

緒方城次郎・市川文吉  
1866 慶応二年 イギリス留学生 幕府

14

中村正直
 ”   ”  アメリカ留学生 薩摩藩

  
1867 慶応三年 フランス留学生 幕府

  
 ”   ”  フランス留学 佐賀藩

  
 ”   ”  アメリカ留学生 筑前藩

平賀磯太郎・青木善平・松下嘉一郎・井上六三郎・
本間英一郎・船越慶次
1871 明治四年 岩倉使節団 明治政府

61

山川健次郎・津田梅子・山川捨松・永井繁
中江兆民・金子堅太郎・団琢磨・平田東助  
      合計   

141

【私費留学】
以上の他に私費留学生がいる。新島襄(後に同志社を造る)は1864年にアメリカへ密航して留学した。
後に駐米公使森有礼の努力で政府留学生になり、岩倉使節団の教育視察に協力して欧米各地を廻り、
日本の近代教育の組織化に協力した。